年末年始を彼女と京都で一緒に過ごすべく、オレは今熊本から夜行バスで京都に向かっている。いつもならバスが走り出してすぐに眠りについてしまうところだが、この日はどうも頭が冴えてしまって眠りにつくことができなかった。10月のなかばに彼女が熊本に遊びに来てくれて以来だ。その時は特に何をするという訳でもないけれど、一緒に芦北の海を眺めて、ごはんを食べ、手をつないで公園を歩いた。なんでもないようなそんなひとつの瞬間が、今にしてみればとても幸せな時間だったのだということに気がつく。そんな大切な時間、いつか忘れてしまうのかもしれないけれど、その記憶というものは、忘れた時にこそ、本当の意味での輝きを放ちはじめるのかもしれない。なんて自分勝手な理屈の中にひとり閉じこもっている今のオレを見たら、彼女は怒るだろうか。それともオレらしいねと笑うだろうか。それとも特に興味を示すこともなく、通りすぎていくだけだろうか。

 オレはつけ上がりやすい人間だ。勘違いの度合いが激しい。だからオレは自分を常にフラットに保つための努力を自分なりにこれまでしてきたつもりだ。そうしないと生き延びていくのが難しいと判断したから。そう思うようになったのも彼女に出会えたからこそのことだと思っている。彼女の隣にいる時、オレは落ち着いていた。彼女に対してならオレは正直に心を開くことが出来た。オレと彼女が一緒にいる時、そこには何か特別な力が働いていた。

 「確かに…全部つくりものなのかもしれない…たとえばその時間だって人間が作ったものかもしれない。時間なんて誰も見たことがない。見ていると思っているのは時計…?私たちが便利に生きるために数字で区切って分けてるだけで本当は時間が流れてるのかもわからない…ひょっとしたらもともと…でもそれは意味がないことなのかな?だったら意味のある何かがどこか別にあるってこと?ほんとうにこの世は暗闇なのかな?」

 彼女は基本的に地に足の着いた、聡明で、強いリーダーシップを持った女性なのだが、時々ふと地上を離れてどこまでもプカプカ浮かんでいってしまいそうになる時がある。妄想というか、空想というか、想像力ってやつなのかもしれない。

 オレが彼女に対して最も敬意を寄せているところであり、オレが彼女に一番影響を受けたであろうことは、そんな彼女の、思考をどこまでも飛ばしていくことのできる力だ。その姿勢、態度と言っても良いのかもしれない。

 そんなところまで考える必要があるか?というところまで彼女は考える。それはひとつの生きづらさみたいなものにもつながるような気がするけれど、それでも彼女は考える。その姿はオレに様々なことを問いかけてきた。

 オレは本当はどうしたいのか?本当にそれはやりたいことなのか?できると思ってることの中からしか選んでないのではないか?本当に何の制限もかけずに、何でも出来るとしたら何がしたい?一度きりの人生、時間は限られているけれど、行こうと思えばどこまでだって行ける。逆に言えば行こうと思ったところまでしか行くことができない。さあ、君はどこまで行きたい?誰と行きたい?どうやって行きたい?

 「私は怖い。実際こうしてあなたも怖がってる。現実にゆうれいがいるかどうかは問題じゃないの。バカバカしいかもしれないけど、これはこれからぶつかるすべての「わからない」に対する私の態度に関わってくる問題なの。そのために今私はこの先を見ないといけない気がする…わからないことは怖いの。ムカつくけどまずはそれを認めないとね。でもだからこそ知りたいし…多分その先に…」

 オレと彼女は京都の”糸屋”というゲストハウスに到着し、チェックインをすませると、ごはんを食べに行き、それから宿の近くの銭湯へと向かった。日はすっかり落ちて夜になり、チラチラと雪が降りはじめた。冬の京都の夜、寒空の下を2人で歩いた。彼女の握った左手はいつもいつも温かくて、冷えきったオレの右手に温もりを与えてくれる。

 「問いをたてるのに重要なことは…面白がることよ。それはあいまいでわからないものを問いに変える最良のアンテナになるの。でもそれを教えることはできないわ。面白がれなんて誰も強制できないでしょ?」

 この時間がいつまでも続けば良いなと思った。その時世界にはオレと彼女の2人しかいなかった。他の人間の気配すら感じることはなかった。オレと彼女は、2人でないと行くことのできない場所に、その時その瞬間、確かに足を踏み入れて、その世界の中で遊んでいた。

 なぜだろう、そんなことを思い出していたら、ザブルーハーツの「僕の右手」が急に歌いたくなってきた。オレは部屋の隅にあったギターに手を伸ばし、チューニングをすませると、Gのコードではじまるそのうたを、一心不乱になって歌いはじめた。

ー僕の右手を知りませんか?

 行方不明になりました

 指名手配のモンタージュ

 街中に配るよ

 今すぐ捜しに行かないと

 さあ早く見つけないと

 夢に飢えた野良犬

 今夜吠えている

 見たこともないような

 ギターの弾き方で

 聞いたこともないような

 歌い方をしたい

 だから

 僕の右手を知りませんか?ー

 2024年1月29日

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カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴

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