世界一の歌唄いになる、などと豪語しながら東京のライブハウスで歌っていた時のことを思い出す。渋谷サイクロンという、文字通り渋谷のど真ん中にあるライブハウスと、APIA40という、東急東横線の学芸大学駅から徒歩30分くらいのところにあるライブハウス。路上で歌うということしか知らなかったオレは、2019年6月頃から、主にその2つのライブハウスで定期的に歌うようになる。ミュージシャンになりたかった訳ではない。ただ、ライブハウスで演奏するということをやってみたかったのだ。そして、定期的にライブをしながら少しずつお客さんを増やしていく、みたいな”バンド活動”なるものに憧れを抱いていたのだ。そしてオレはその憧れの暮らしの中で、”世界一の歌唄いにオレはなる”と毎回のようにMCで豪語し、オレ目当てのお客さんはひとりもいないような中で、力みに力みまくった演奏を、力みに力みまくった演出で、思い切りやらせてもらっていた。その時のステージは見るに耐えないものだが、ひとつだけカッコイイなと我ながら思うことは、自分が世界一になるんだ、ということを、周りがどうとかお客さんがどうとか関係なくただひとりオレだけはオレのことをそう信じ切っていたことだ。誰にも響いてないどころかむしろどん引きされるくらいの勢いで、どう見ても空回りしていたけれど、オレはその時のオレのそんなところが今でも大好きだ。

 「でもある日気づいたんだ。「青春」という文字の中に「月日」があったこと。とたんに青春が惜しくなったね。自分の中に青春を探し始めたんだ。今からオレがお前に教えるのは、「点の取れる小論文の型」だけど、それだけじゃなくて、言葉には力が確かにあることを忘れるなよ。」

 「T、何ませたこと言ってんだよ。気持ち悪いな。言葉に力なんてねえだろ。「点の取れる小論文の型」をどれだけオレの脳の中に染み込ませることができるか、これが間違いなくオレの力になるんだから。」

 オレはTとの青春を、その「月日」を思い出し、とたんにその時間が惜しくなってきた。オレはTに勉強を教えてもらったおかげで、周りにはさんざん無理だと言われ続けた第一志望の大学に合格することができた。結局その大学には一年在籍しただけで、2年前に辞めてしまったのだけれど。

「ー瀬をはやみ岩にせかるる瀧川のわれても末にあはむとぞ思ふーお前、この歌知ってるか?百人一首のうちのひとつで、崇徳院ってやつが詠んだ歌だ。”待っている”でも”会いたい”でもない、もう一度出逢う運命を願う歌さ。「お前は自分より賢いやつしか見てねえんだ、冷てえよ」ってお前さっきオレに言ったよな。それは半分正しくて半分間違ってる。オレは、賢くて孤独なやつのそばに行こうとしてるんだ。冷たくねえ。

 オレな、逢いたい人がいるんだ。その人がオレに有機農業の魅力を教えてくれた。この世界のたったひとつの秘密を教えてくれたんだ。でもそのためには今よりうんと賢くならなきゃいけない。だから勉強してんだ。やりたいことをやるためにはやらなくちゃいけないことがある。なあ、大人って最高だな。やらなくちゃいけないことをひとつひとつクリアしていけば、やりたいこと何でもやれるんだぜ。はやく大人になりてえな。」

 T、今からオレは歌うよ。こんな、ステージ直前の楽屋の中でお前のこと思い出すなんて、オレもいよいよどうかしちまってるのかもな。でも、オレに力貸してくれてるんだろ?お前はオレの工夫したこと、努力したことを、小さなことまでいつも感じとってくれてたよな。息をしろって言ったらたいていの人は思い切り「吸う」けど大事なのはまず吐くことだって?分かったよT、やってみるよ。いちばん分かるのは相手のことじゃなくて自分のこと?自分のクセ、考え方、迷い方、臆病さ、努力不足からくるズルさ?分かってる、嘘ついてる暇なんてない。本物になりたい。だれかを疑うなら、自分を信じられないなら、かけ声を自分に?がんばれがんばれ。きこえるよ、T。お前の歌う、ザブルーハーツの、「人にやさしく」、あれは最高だったな。相変わらず、お前はお前の歌として、”人にやさしく”を歌ってたよな。

ー気が狂いそうやさしい歌が好きで

 あああなたにも聞かせたい

 このまま僕は汗をかいて生きよう

 ああいつまでもこのままさー

 T、今からオレは歌うよ。”逢いたい”でも、”待っている”でもない、もう一度お前と出逢う運命を願う歌を。

ー期待はずれの言葉を言う時に

 心の中ではガンバレって言っている

 聞こえてほしいあなたにもガンバレ!ー

 「なあT、勝つことでしか報われない、そういう勝負ってあるのかな?」

 「そりゃあるだろ。だからがんばるんじゃねえか。だって勝ったときどんだけうれしいか。」

ー人は誰でもくじけそうになるもの

 ああ僕だって今だって

 叫ばなければやりきれない畑を

 ああ大切に捨てないでー

 「変わらないものなんてない。オレもお前も、らしくなくても何でも学んで強くなるしかねえな。」

 「おいおいT、勝手にオレのことまで決めつけるなよ。オレにはオレの、お前にはお前の変わらない魅力があるだろ?」

ー土はいつでも歌を歌う時は

 畑の中からガンバレって言っている

 聞こえてほしいあなたにもガンバレ!ー

 「お前の言ってることはいつも正しいよ。だからオレが間違ったことを教えてやってるんじゃねえか。言ってほしい言葉をくれる人間に人は簡単に操作される。そんな簡単な人間にはなるなよ。」

 「言って欲しくない言葉をくれるTに、簡単に操作される人間になりそうでオレはこわいよ。」

ー人にやさしくしてもらえないんだね

 土が言っているでっかい声で言っている

 ガンバレって言っている

 聞こえるかいガンバレ!ー

 2024年1月27日

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カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴

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