キューバって国は熱い。それにしてもまさか本当にここまで来るとは。自分でも自分のことが信じられない。いくら衝動にまかせた行動とはいえ、ここまで来るとやり過ぎである。しかし、来てしまったものは仕方ない。せっかくここまで来たのだ。今しかここでしかできないことを目一杯やって、味わって、日本に帰ろう。今、時刻は夜の9時だけど、どこか踊れる場所はないだろうか。とにもかくにも、まずは踊りたい。両替をすませたオレはタクシーに乗り込み、今から踊れるところへ、ということで着いたのは、大きなホテルに併設されたクラブ。黒人のガッチリした体つきの2人が入り口のところに立っている。オレはおそるおそる入口に近づき、持っていたパスポートを見せて中に入ることができた。そもそもクラブというところに馴染みのないオレは、めちゃくちゃ緊張していたし、この異国の地で一人とても心細くなっていた。そんなオレのことなど誰も気にするはずもなく、老いも若きも、男も女も、皆踊りまくっていた。オレはカウンターでコーラを頼むと、それを持って空いているテーブルの席へ。しばらくみんなが踊っているのをボーッとしながら眺めていた。

 「「ハートがこもっている」などというのは二の次なんだ。キューバ音楽を聞けば、そのことが理屈ではなく、わかるだろう。キューバ音楽を聞いている時は、とにかく身体が気持ちいい。音楽を聞くことで、どうこう考える暇がないままに、音楽が終わってしまう。どこがいいのか、考える暇がないくらい、気持ちがいいのだ。だから音楽を「精神性」だの「メッセージ」といった言葉で理解したがる人には、どこがいいのか、最初は分からないかもしれない。

 キューバ音楽を聞くと、それがなければ生きていけないんだ、という思いが、堅苦しくなく、伝わってくる。その思いは、非常にシリアスなものだが、みんなに聞かせなくてはならないので、ソフィスティケイトされた作品に仕上げている。だから、音楽的なレベルは、圧倒的にすごい。」

 一人暮らしをしながらバイトに明け暮れる日々の中で、音楽についてもっと知りたいなという欲が出てきた。いったいどこからそんな気持ちが湧き上がってくるのか、オレは自分でも自分が不思議でしょうがないが、とにかくオレは色々な本やレコードを、CDを漁りはじめた。そんな中で出会った一冊の本、村上龍 著 「新世界のビート〜快楽のキューバ音楽〜」。そしてオレはこの本を読みながらTのことを思い浮かべていた。村上龍さんの語るキューバ音楽は、Tの奏でる音にもなんだかピタリとハマるものがあるような気がしたから。そしてそのことがオレの理性を狂わせて、キューバ音楽を現地に聞きに行くという旅へと駆り立てた。貯金もほとんどないくせに、よく行ったよなと今振り返ってみても思う。それほど強く何か求めるものがあったのだろう。そしてそれがキューバ音楽の中にはきっとあると思ったのだろう。

 して、そのキューバへの10日間の旅で、それほどまでに強く求めている”何か”をオレは見つけることができたのか?答えは、NOだ。オレは10日間、街角やライブハウス、カフェなど、様々な場所で行われるライブを見に行き、その場その場で踊り続けたが、具体的に何かを得られたのかときかれても、特に何もないと答えるしかない。

 だけど、キューバの音楽に、キューバという国に、何か強烈に惹かれるものを感じたのも確かなことで、オレは帰国してからしばらく本気でキューバに住むということを考えていた。だがキューバで暮らすということは、そう簡単にできることでもなく、半年も経てばその熱もだいぶ冷め、元の暮らしにオレは戻っていった。

 「センチメンタリズムに捉われそうになると、キューバ人のように生きようと思う。大事なのは、「生きる目的」とか、「私はどこからきて、どこに行くのか」とか、そのようなことではない。生き延びていくことが、最優先されなくてはならない。だが、日本では、サークル、地域社会、職場、学校などに代表される、共同体のカタルシスがあるから、生き延びていくということが、理解しにくい。

 自分が生き延びていく上で、助けとなってくれるもの、それが一番大事なのだ、ということに気付いた時、キューバにおける音楽の位置が良く分かるだろう。

 それは、美しく、強いものでなくてはならないのである。」

 オレはキューバの空港へ向かう帰りのタクシーの中で、窓から顔を出し、思わず、コノヤロー!と叫んでいた。何が、コノヤロー!なのか分からないが、その時のオレはそう叫ばずにはいられない何かがあったらしい。でも、この場所にはいつかまた必ず来たいなと強く思ったことも確かだ。キューバを旅するのに、10日間はあまりにも短すぎた。もっともっとこの国のことを知りたい。この国の音楽を知りたい。この国の人を知りたいと思った。

 「音楽がなければ、オレたちは何も理解できないし、正しい答えを得たり、よい決断をしたりすることもできない。音楽は退屈だと考える人もいる。音楽は危険だと考える人もいる。もしオレたちが、音楽に興味を持って、音楽について学び、音楽をきちんと使うことができなければ、それは退屈だし危険にもなるだろう。でも、もし音楽を理解しようと努力するなら、それはとても魅力的で、オレたちにとっても、オレたちの地球にとっても、とても重要なものになる。」

 T、オレはたぶん知りたくなってしまったんだ。あの日お前の言ってた言葉の意味を。あの時は興味ないフリして聞いてたけど、実際そこまで関心があった訳でもないけど、不思議だな、T、お前がオレの心の中に蒔いていった言葉の種が今こうして少しずつ芽吹きはじめてる。

 T、聞こえてるか?

 はじまるぜ、オレたちの音楽が。

 2024年1月27日

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カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴

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