警備員のアルバイトというのは時給が良い。オレが見つけたところでは、一日12時間、ほとんどただつっ立っているだけで、一日一万七千円もらうことができる。オレはこれはラッキーな仕事だなと思っていた。今まで他には、塾の講師、食堂、新聞配達、パチンコ屋、引っ越しセンターでアルバイトしたことがあるけれど、オレには警備員の仕事が一番肌に合っている気がした。結局オレは、一生懸命勉強して入学した国立大学を一年で中退することにした。これも全て、Tに出会ってしまったがためのことだった。アイツが、”世界の秘密”なんてことをオレに教えてきやがったせいで、オレは今、自分でも思ってもみなかった方向へ人生の舵を取ろうとしている。

 「オレが「マインドセットを変える必要がある」って言う理由は、世の中に必要なものを作り、それを提供するのが仕事である時代が間もなく終わるからなんだ。そういう意味での仕事は、これからどんどん減るだろう。資本主義による効率化が進めば、より少ない労力で大量のモノを作れるようになり、人工知能などの技術進化がさらにそれを加速化させる。仮に、究極的に全てのモノの生産が自動化したとして、その時に人は何をしていると思う?仕事を失って、生きるのにも困るのかな?それとも別の種類の仕事があるのかな?その時、仕事の概念はどうなっていると思う?」

 Tとは、高校を卒業してから一度も会っていない。アイツは今ごろ、ギター一本かついで、日本のどこかを、世界のどこかを旅しているところだろうか。それとも、旅にはあきて、実家の有機農業を継いでいるだろうか。それとも、T自身のマインドセットが変わって、大企業に就職を決めていたりとか…いや、あのTに限ってそれだけはありえないか。でも、人は変わるからな。事実、オレは変わった。まさか大学を中退するなんてことを自分がやるとは思いもよらなかったことだ。Tの言葉が頭に浮かんでくる。

 ”お前が知りたいと思ったからオレは教えた。そのことを絶対忘れるなよ”

 「今の資本主義の論理がまかり通れば、余剰人員は整理されて、仕事に在り付けない人は社会保障に回されることだろう。でも、それは本質的に間違っている。それじゃ、効率化の果実を資本家ばかりが持っていくことになるからな。本来、効率化は資本家のためではなく、皆のためなんだ。少ない時間や労力で大量に作れるようになるなら、その分皆が少なく働けば良いんだ。でも、実際はどうだ?ここ数十年、皆の労働時間は減っただろうか?いや、むしろ増えてるかもしれない。つまり、効率化の果実は、公正に分配されておらず、一部の資本家たちが独占し続けてきたってことだ。でも、もはや限界さ。飽くなきコストカットで労働者の購買力を奪う一方、拡大生産、拡大消費を続けることは矛盾するからね。そういう意味で、資本主義は自らの尻尾を食う怪物のようなものなんだ。早晩、胴体まで食い尽くして自滅するだろうよ。正に今、オレ達はその瀬戸際にいるんだ。」

 Tは言ってた。有機農業は確かにおもしろい。でも、この資本主義社会の中で野菜を育てて、それを買っていただき、生計を成り立てていくというのは、とても難しいことでもあるんだと。ましてや、無農薬無化学肥料、それにTの家にはTの家のこだわりがあり、それは効率化とは真逆のところにあるところもある。でもその、自分が、自分達が大切だと思うことにはとことんこだわる姿勢が、野菜の味にもでるし、畑の土もつくっていく。そして何より、Tの家の野菜を買ってくれる人達や、Tの家の農業に興味を持ってTの家の畑にやってくる人達、Tの家と同じようにそれぞれの畑で生きるたくさんの同志達との絶対的な信頼感を、Tの両親の有機農業に対する態度が育んでいくんだと。そしてそんなところが、オレは自分の家の有機農業の大好きなところだし、誇りに思っているところなんだと。

 「オレ達が負けたのは、戦争という殺し合いだ。国力、兵力、戦略、戦術など、要素は色々あれど、要するに殺し合いに長けた方が勝つのが戦争だ。それに負けたからなんだって言うんだ?彼らの方が優れていて、オレ達の方が劣っていることになるっていうのか?もちろん負けたオレ達は重い責任を負う必要がある。それは、そんな選択の数々が無責任に暴走するメカニズムを検証し、それが二度と起きないようにする責任も含め、オレ達戦後世代も負うべきモノだ。でも実際はどうだ?多大な命の犠牲を払い、国土を破壊され、その後ずっと占領状態に置かれることで、その責任を果たしたような気になっていないだろうか?それらはあくまでも戦争の結果であって、責任じゃない。そして、責任は直接的な立場にあった人たちだけではなく、オレ達自身にもあるんだ。もちろん戦後生まれた世代は、直接的には何もできなかった。でも、その後の社会において、同じようなことが二度と起きないようにする責任を負うことはできる。なのにオレ達は、戦争で大勢の命を失い、国土を破壊され、占領状態に置かれ続けるうちに、いつの間にか被害者の皮を被り、卑屈に甘んじているんじゃないか?」

 Tの歌う、ザ・ブルーハーツの”終わらない歌”が無性に聞きたくなった。オレは空に向かって、小さな声で歌いはじめた。

 ー終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため 終わらない歌を歌おう全てのクズどものためにー

 2024年1月22日

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カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴

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