数学の先生に怒鳴られた。宿題をサボっただけで。とはいえオレは宿題さぼりの常習犯。クラスでオレ以上に宿題をさぼる勇気のあるやつはいない。高校一年生、まだ受験のことなんて意識してないし、テストの点とりゃ問題ないでしょ、と中学の頃からの変わらないマインドでここまで来たオレ。皆変わっちまった。高校生になっちまった。クラスでただ一人オレだけが中学生のままで、まるで大人になんかなりたくねえ、と社会に唾を吐く青年のように、高校生になんかなりたくねえ、と学校に唾を吐き続けている高校生。

 でも正直言ってその数学の先生の授業はつまらなかった。テストの点を上げるためだけの授業なんてクソくらえだ。オレが知りたいのはそんなことじゃない。数学ってやつの本当のおもしろさが知りたかった。だからオレは決めたんだ。このセンコーには徹底して抵抗してやろうって。

 そんなオレを見て、Tはいつもゲラゲラ笑っていた。Tに言わせればオレの戦い方は、数学的じゃないって。数学的じゃない戦い方で、数学的じゃない先生に対抗しているのが、あまりにもバカげているのでおもしろいと。数学の神様も、きっとお前ら2人を見て大笑いしているはずだと。

 「大事なのはイメージなんだよ。いかに「数学的な空間」を構築して、その中を自在に動き回るか、それが数学の「考える力」なんだ。」

 「なんだよT、もっともらしいこと言いやがって。お前のそういうとこ、マジでムカつくんだよな。」

 「違えよバカ。そのやけに誇らしげな笑顔が気に食わねえんだ。人をバカにしたような。」

 「お前がお前をバカにするんだよ。オレは一度たりとも、人をバカにしたことはないぜ。人を賢くすることはあっても。」

 「ありがとうT、お前のおかげで、オレは今賢者への道を歩みはじめたよ。さ、部活部活…と。」

 オレはバドミントン部、Tは軽音部に所属していた。正直、Tの演奏って、オレにはどこが良いのか分からない。でもなぜかアイツの音は、一度きいたらなかなか頭から離れなくなる。不思議だ。ムカつくけど。それはTの奏でる音が、本質をついたものだからなのだろうか。

 「「全体」を理解しないまま、「部分」をこなしていくのではどこにも行けない。有機農業の中にもひっそりと隠れている数学が、オレの心をときめかせる。そのときめきが、オレの奏でる音楽になる。どうだ、おもしろいだろう。世界は果てしなくつなげていくことができるんだよ。」

 「お前の心中でな、T。まあでも、確かにそれは豊かなことなのかもしれない。自分の心の中で、果てしなく世界をつなげていくことができるというのは、とても豊かなことなのかもしれない。T、お前を見ていると、時々勘違いしそうになるよ。オレの方が狂っていて、お前の方が正しいんじゃないかって。」

 「気づくのが遅えな。じれってえから、一気にゴールに連れてくぞ。数学ってのはな、異なるものに同じ名称をつける技術のことなんだよ。」

 「なんだよそれ、Tとオレに、同じ名称をつけるってことかよ。」

 「そういうことだ。例えば、高校生、人間、男、日本人、イケメン、天才、芸術家、ロマンティスト、とかな。どうだおもしろいだろう。異なると思ってたらものどうしでも探してみると案外共通点ってあるもんなんだよ。それを見つけると、敵だと思っていたやつに急に親近感が湧いて来たりもする。これは世界平和にだってつながっていくとオレは思う。いや、つなげていくんだよ、オレが、オレたちが。それがこれまで歴史をつないできた先人達、いのちの連なりに対してのせめてもの恩返しだとオレは思う。」

 Tはしゃべりたいだけしゃべると、オレのことなんか置いてけぼりにして、さっさと軽音部の部室の方へと向かってった。いつものようにオレなら、そんなTのことなんて気にせず、バドミントン部の部室へと向かっていたところだけど、この日のオレはなんだかちょっと違った。行くな、そっちに行ったらお前はお前じゃなくなっちまうぞ。心の中でもうひとりのオレが叫ぶのがきこえたが、オレの身体はとまらなかった。Tの向かう軽音部の部室へと強烈な引力で吸い込まれていく。Tは歌っていた。エレファントカシマシの「俺たちの明日」って曲。

 ーさあがんばろうぜ!輝き求め暮らしてきた

そんな想いがいつだってオレたちの宝物

 さあでかけようぜ!いつもの景色この空の下

いつかどでかいどでかい虹をかけようよー

 2024年1月19日

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カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴

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