オーストラリアって国はデカイ。オレは今、ヒッチハイクでこの国を旅している。旅に出た理由は特にない。さすらってみたかった、ただそれだけのことだ。ケアンズからスタートして、アリスプリングス、ダーウィンとここまで進んできた。所持金は六万円でスタート。同じ飛行機に乗ってた、同じ年の男の子と、空港を出てから街で再会し、彼の友達のところへ一緒にヒッチハイクをしていくことになった。

 「オレな、星野道夫さんの書いた、”旅をする木”って本がむっちゃ好き。その中の特に”もうひとつの時間”って文章が好きなんだ。その文章の最後にはね、こんなことが書いてあるんだよ。ーぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。ー」

 そいつのしゃべり方と、しゃべる内容がなんだかTに似ていて、オレは懐かしい気持ちになるのと同時に、この新しい友人に不思議な親しみを覚えた。

「誰にでも、眠れない夜ってあるよな。そんな夜には、宇宙のことを考えてみるのもいいもんだ。そもそも、もし夜ってものがなかったら、俺たちは「宇宙」っていう存在に気がつかなかったんじゃないか。だって昼間に空を見上げても、太陽が眩しく輝くばっかりで他の星の姿は見えないからな。青空の果てってのは遠いようにも、でも意外に近いようにも思える。だから、明るい昼の空を見て、何億何兆もの星や銀河が散らばる広大な宇宙の姿を思い描くのは、まずもって不可能なんじゃないかな。

 Tのことをそいつに話そうと思いながらも、オレはなかなかそれが出来ずにいた。オレはそいつにTの姿を重ねて、記憶の中にいるTとの会話を楽しんでいた。オレはそいつの話ではなくて、Tの話を聞いていた。そいつの言葉が、オレの記憶の中にいるTの言葉を次から次へと引っ張り出してきた。

 「現代の科学は宇宙の謎をどこまで解き明かしたと思う?天文学の分野の一つに宇宙論というものがあるんだけど、これは宇宙の空間的な広がりと時間的な広がりを解き明かす学問なんだ。「宇宙はいつ、どのように始まったのか」「宇宙の中にあるさまざまな物質はどうやって生まれたのか。」「宇宙全体の構造はどうなっているのか」なんて問題を取り扱うんだ。」

 オレとそいつは、そんなこんなでおしゃべりしたりしながら、2時間あまりストリートに立ち続けたところで、ようやく一台の車が止まってくれた。オーストラリアに来てから初めてのヒッチハイクに成功。いよいよ旅が始まる。そんな想いが、身体全体をかけめぐり、熱いものが込み上げてくる。

 ー今振り返ってみると、十六歳という年齢は若過ぎたのかもしれない。毎日毎日をただ精一杯、五感を緊張させて生きていたのだから、さまざまなものをしっかりと見て、自分の中に吸収する余裕などなかったのかもしれない。しかしこれほどおもしろかった日々はない。一人だったことは、危険と背中合わせのスリルと、たくさんの人々との出会いを与え続けてくれた。その日その日の決断が、まるで台本のない物語を生きるように新しい出来事を展開させた。それは実に不思議なことでもあった。バスを一台乗り遅れることで、全く違う体験が待っているということ。人生とは、人の出会いとはつきつめればそういうことなのだろうが、旅はその姿をはっきりと見せてくれた。ー

 また星野道夫さんの引用かよ、と思いながらも、となりのそいつはやたら嬉しそうに話をするので、そのツッコミは心の中に押しとどめておいた。もしも相手がTだったなら、オレは迷わずツッコミを入れていたところだろう。オレは英語ができないが、そいつはかなりできるようで、乗せてくれたドライバーのおっちゃんと何か楽しそうに話はじめた。そういえばTも英語は得意だったな。Tも今ごろ、どこかの国で、こんなふうに旅をして、誰かと出会い、何かを感じながら、今日も歌っているのだろうか。

 オレ達を乗せてくれたドライバーのおっちゃんは、脳科学者らしい。何の話をしているのかは分からないが、2人ともやけに熱くなって盛り上がっている。会話の一瞬途切れた隙間を狙って、そいつに何の話をしているのか聞いてみた。時間と空間、そして記憶の話をしているんだと教えてくれた。

 だからどうした?と思いながらも、気付けばTの話を夢中になって聞いているオレが、いつもそこにはいたな、なんてことを思い出す。意味のないと思っていたこと程、今のオレにとっては意味を持って輝きを放ちはじめる。どこまでいってもどこにもいけないけど、どこにも行かなくてもどこまでも行けるのさ。Tの口癖が、気付けば俺の口癖になる。オーストラリアの風が、そんなオレを見て笑っている。風を帯びたオレの言葉が、雲を追いかけるようにして旅に出た。

 2024年1月22日

 

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カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴

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