彩葉は、畑にある石の上に座って文庫本を開いた。現実から逃げるようにして畑に来て、物語の世界に入っていく。だが、安心したのもつかの間、すぐに物語の世界から追い出される。「はあ、私はどうやって生きていったら良いんだろう。」そうつぶやいた途端、風が畑を吹きぬけた。

 とーろろろろろ、とーろろろろろ、ふたあ。

 「ああ、この風ができれば私の憂鬱もふきとばしてくれれば良いのになあ。」

 ちょうどその頃、彼女の座る石の中では、音楽会が開かれていた。石をつくるのは、口である。たくさんの口が集まって、それぞれ好きな歌を歌ったり、楽器を吹いたりしていた。それも、演奏する順番も、ステージもない、歌いっぱなし、吹きっぱなしの音楽会である。

 「よーし、それじゃあ次は、ゆううつな空、歌いまーす。」

 おちょうしものの口、ろまんがそう宣言をして歌いだした。誰も彼の歌などききやしない。皆、自分が歌ったり、吹いたり、踊ることに夢中になっていた。ろまんも、それでかまわなかった。彼はただ、歌えるだけで幸せなのだ。それに、皆バラバラに、好きなことをやることの許される、この空間が好きだった。石の中なら、雨に打たれることも、動物に食べられことも、人間に見つかる心配もない。それに、石の後ろには大きな木が立っていて、石の窓からその木をながめるのも、ろまんは好きだった。ろまんを感じるのだ。気の流れ、枝のゆくへ、空への物語。

 とーろろろろろ、とーろろろろろ、ふたあ。

 風がまた、強く畑を吹きぬける。彩葉は相変わらず畑の中で石の上に座り、空をながめていた。どんよりしたくもり空、でもdon’t worry。どこかできいたような歌を思い出し、ちょっと笑えた。

 「私のこの気持ち、分かってくれるかな?」

 誰に向けた訳でもなく、彩葉はつぶやく。どんよりしたくもり空、でもdon’t worry。誰に向けた訳でもなく、彩葉は歌ってみる。もう一度、空を眺めてみた。雲は少しずつ、少しずつ、動いている。気づいたら、さっきの雲は、どこにもいない。よく見ると、風が吹いて草の揺れる方向とは逆の方へ、雲は動いているように見えた。

 「空は一つでも、一方通行ではないんだなあ。」

 彩葉がつぶやくと、返事がきこえた。

 「そうだよ。そうなんだよ。分かってくれるかい?」

 彩葉はおどろいて、石から立ち上がった。

 「え?誰?誰かいるの?」

 何度尋ねてみても、それ以上、何も返事はなかった。彩葉はふりかえり、自分の座っていた石を眺めてみる。

 「うーん、そういえば、石って漢字には何で口があるんだろう。」

 とーろろろろろ、とーろろろろろ、ふたあ。

 風がまた、強く畑を吹きぬける。

 「分かんないけど、まあいっか。」

 彩は開いていた文庫本をとじ、かばんにしまうと、もう一度空をみあげた。はじめましての雲が、ゆっくりと風の中を歩いている。 

 「あー何かもっと、ロマンチックなことないかなあ。」

 彼女は半分ふざけて、半分本気でいのりを込めて、座っていた石に、ろまんと名前を付けて、畑を後にした。

 「よーし、それじゃあ次は、ロマンチックな空、歌いまーす。」

 誰かが宣言して、歌いだす。石の中での音楽会は、まだまだ続く。ろまんはうたう。

どんよりしたくもり空、でもdon’t worry。俺のメッセージ、お前に届いたかな?

 

 

Follow me!

カテゴリー: 晴太郎の窓愚痴