今日は、今ミカンちぎりのアルバイトをさせてもらっている松本果樹園の、松本秀子さんのことを書かせていただこうと思います。

 二人でデコポンの選別をしている時の話です。コンテナの中に詰められたデコポンを、一級品と二級品で分けていくのですが、いつも二人で何やらぶつぶつつぶやきながらミカンを選んでいます。

 例えば…あれ?何も思い浮かばない。というくらいに、意味のない言葉のキャッチボールの中に、時として心の奥底にしみこむブルーズを感じることがあります。

 「晴太郎さん、農家は大変なのよ。なにせ退職金なんてなくて残るのは腰痛だけなんだから。昨日もお風呂で農家仲間に会って、そのことで笑い合ったんだから。たっはっはっは!」

 内容は暗いのに、秀子さんの声は不思議と明るかったです。僕がミカンの選別に没頭しすぎて力んでいる時には、ふっと僕を緩める言葉をかけてくるし、逆に集中してなくて、ぼーっとしてる時には、ピシッと張りを戻す言葉をかけてくる彼女の絶妙なリズムが、日々僕の身体に刻みこまれています。

 秀子さんは時に、歌を歌いだすこともあります。演歌が好きみたいで、つぶやく言葉の語尾にぴったりと合う曲があれば、すかさずくっつけてきます。僕は、演歌をほとんど知らないのですが、あの震えるような節回し、秀子さんが歌うからなのか、土の上で歌うからなのか、ついついききほれてしまう時があります。

 松本果樹園で一緒に働いているあけみちゃんとちえみちゃんの親子も演歌が好きで、歌ってーというと、楽しそうに歌ってくれます。二人とも上手で、特に娘のちえみちゃんの歌声は、ものすごいビブラートで、はじめてその声を聴いた時、僕は思わず「すげー!!」と叫んでしまう程でした。ちえみちゃんは、感情表現が真っすぐで、思い切り怒るし思い切り笑います。社会的には「障害者」という表現をされることもあるちえみちゃん。僕はそんな彼女が思い切り怒ったり笑ったりするのを見る度にいつも元気をもらっています。

 ミカンが変形して、ウルトラマンの顔みたいなのがあった時に、「シュワッチ!」とやるちえみちゃんが、かわいくて、僕も恥ずかしかったけど、勇気を出して、「シュワッチ!」と彼女にやってみたら、思い切り笑ってくれました。とっても嬉しかったです。それから何度か、彼女と目が合うたびに「シュワッチ!」を繰り出しては、笑い声をきかせてもらう日々。昨日も、いつもと同じように「シュワッチ!」を繰り出したのですが、同じネタはいつまでも続かないようで、真顔で受け止められました。

 毎日毎日、ミカンの収穫に選定、出荷と続く、決して楽ではない日々の中に、園主の松本喜作さん、女将の秀子さん、共に働くよしがいくん、あけみちゃん、ちえみちゃんの笑い声がきこえない日はありません。

 「楽しむよりほかに、しようがないじゃありませんか。」

 そうつぶやく秀子さんの声が忘れられません。

 秀子さんのお孫さんの名前は、創楽(そら)、結楽(ゆら)、楽井(らい)、というそうです。彼女のブルーズは、次の世代へと受け継がれているんだな、と僕はなんだか嬉しい気持ちで彼女の話を聞いていました。

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